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村正

Last-modified: 2014-08-02 (土) 02:34:17

村正【むらまさ】 Edit

  • 打ち刀との見た目上の差は鞘の外見のみ。この辺りは脇差に対する吉光長刀に対する正宗と同じ。
  • 日本刀は全般的に低耐久傾向があり主力として使っていくには鍛冶品が必須なのだが、図面はランダムボックスからしか出ないうえ図面ランクも1という高難度。鍛冶品を手に入れる確率と褒賞で手に入れる確率とはどっこいどっこいかもしれない。
  • 「村正」とは刀匠の名である。故に「村正」と呼ばれる刀剣は実在する。
    三重県は桑名市に在したといわれており、別称「千子村正」とも。
    諸説に「妖刀」「呪われた刀」と言う伝説があり、創作においても呪われた扱いをされる事が多い。
    しかし、伝説の真意は定かではない。ちなみに、マビノギではその「呪い伝説」に触れる記述は一切無い。
    • 伝説の元は、徳川家康の祖父や父が謀反によって命を落としており、そのどちらも「村正」を持った家臣によるものだった。また、信康が切腹の際に介錯を受けたのも村正によるものだといい、家康自身も村正の槍で指を切り落としたという噂から広まった、つまり徳川家にとって妖刀であるというものである。
      • 早くは由井正雪、幕末期には倒幕派、特に尊皇攘夷を武力でもって掲げる過激な者達が好んで所持した。しかしこれらが本当に村正作であったかどうかは疑わしい(むしろほぼ贋作、または詐称と言われている)。これは、前述の真偽の疑わしい噂に基づいて「徳川に仇をなす」という妖刀にあやかったものだとされる。江戸幕府開闢前から名前の通った村正の銘刀が、志士といえば聞こえはいいが要するに食詰浪人の手に渡るはずもない。
    • しかし、この妖刀説は現在においては意外なところで否定されている。実は徳川美術館が所有している家康の遺品の中には村正の銘刀が残っているのだ。
      • 妖刀伝説の始まりは諸説あるが、家康は大変な刀コレクターであり、もちろん村正もそのひとつに入っていた。この刀はあまり評価は芳しくなかったものの、きちんと当時の所有リストに記載されている。家康の逝去のあと多くの遺品が形見分けとして徳川家に近しい忠臣に下されたのだが、中でも村正は相当の者の手に渡ったため、村正を所持していることは畏れ多いとして自然と村正を扱わなくなった、という。そうした事情をしらない市井の人々は、突如として姿を消した村正の銘刀に、それっぽい尾ひれをつけて「妖刀伝説」を作り出した……というのが真相ではないか、という分析がされている。